超エゴイスティック宣言!

超エゴイスティック宣言!

こんにちは!

フィリピン支援のための募金をした
赤木です。

たいした金額ではありませんが、
今の私にできることをしました。

誰かが苦しんでいるとわかっているのに、
見て見ぬふりはできません。

かと言って、すべてを投げ打ってまで、
そのことに関わることもできません。

どこまですれば良いのか?

難しい問題ですが、
自分で答を出すしかないと思います。

さて今日は、
「ゴーマニズム宣言」ではなく、
「エゴイスティック宣言」です。

私はこれから、エゴを前面に出します。

「えーっ!!エゴは出さない方が
いいんじゃないのかぁ?」

「ジコチュー(自己中心的)は
嫌われるよ。」

そう心配してくださる方も
おられるかもしれませんね。

(ん?誰もいない?)

それはさておき、
ここで言うエゴイスティックは、
通常考えられているものとは違います。

通常のエゴとは、
たとえば自分が儲かりさえすればいい、
というようなエゴですよね。

損得で考えて自分が得をするなら、
他がどうでもかまわないという考え方。

それに対して私が言うところの
「超エゴイスティック」は、
こうなります。

損得で考えて自分が得をするなら、
他がどうでもかまわないという考え方。

「あれ?まったく同じじゃないの!?」

ハハハ、そう突っ込んでいただけると、
あとが話しやすくなります。

実はそうなのです。

自分のことしか考えない点では
まったく同じなのです。

だから、エゴイスティックなのですよ。

でもそこに、「超」がつきます。

その「超」は何を示すかと言うと、
本当の自分の損得という意味です。

たとえば、誰かが私に対して、
ひどいことをしたとしましょう。

「お前ばかじゃないの。
どっかへ消えてくれると
せいせいするんだけど。」

こんな子どものイジメみたいなことを、
誰かに言われたとしましょうか。

普通なら頭に来ますよね。

「なんであなたに、
そんなことを言われなきゃいけないの!
失礼にもほどがある!」

そう言って腹を立てても当然のケースです。

でも私は、幸せでいたいんです。

本当の私は、幸せを願っています。

そういう私にとって、
怒ることは役に立つでしょうか?

だから、超エゴイスティックでいきます。

誰かが私を怒らせ、
幸せの座から引きずり降ろそうとしても、
私はそれを認めません。

仮にその人が、
地団駄を踏んで悔しがったとしても、
そんなこと知ったこっちゃありません。

他がどうでもかまわないと、
私は思っていますからね。

誰が何と言おうと、
私は幸せでい続けるのです。

これが、
超エゴイスティックな在り方です。

私は私自身のことしか考えません。

誰かに優しくするのも、
それは究極的には自分のためです。

自分が優しい人間でいたいからです。

私は優しい人間だということを、
宇宙に表現したいからです。

ですから、別にそれを
他の人に示す必要もありません。

他の人がどう思うかなど、
関係ないのですから。

私自身の評価は、私自身で行います。

他の人の評価など気にしないのです。

したがって、
他の人からの高い評価も求めません。

お礼とか感謝とか、必要ないのです。

もちろん、高く評価されたら嬉しいです。

高く評価してくださった方には、
素直に「ありがとう」と言いましょう。

でも、それだけのことです。

他の人の評価に執着することはしません。

では、他人が苦しんでいるのを見ても、
何もしないのでしょうか?

何もしない自分を、
私自身がどう評価するかです。

私は、そういう自分を、
自分らしいと思いません。

そんな人間じゃ嫌なんです。

もっともっと素晴らしい人間になりたいし、
美しく生きたいのです。

だから、今の私の望みに応じて、
私らしく生きようと思います。

私は、超エゴイスティックに生きます!

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