生きているだけで素晴らしいから

生きているだけで素晴らしいから

こんにちは!
ソンクラーン休暇が少々怖い
赤木です。

毎年4月13日から15日の3日間は、
ソンクラーンと呼ばれる休みです。

別名、タイ正月とも呼ばれます。

他にも水かけ祭りとも言われるように、
各地で水掛け行事が行われます。

タイの正月ですから、
多くの人が帰省します。

今年は妻のために、
一緒に妻の実家へ行くことにしました。

これまで3年間は、日本でしたから。

ただこれが、
少々憂鬱(ゆううつ)なのです。

もちろん、言葉の通じない田舎に、
日本人1人が連れて行かれるという
不安も少しはありますけどね。

ただそれは、不安と言うより、
ちょっと面倒だというくらいでしょうか。

それよりも心配なのは、
気温なのです。

実は一度ソンクラーン中に
行ったことがあるのです。

水掛けをするくらいですから、
タイはこの時期が真夏。

そして、彼女の田舎は
タイ東北部のイサン地方。

つまり内陸部です。

内陸部と言えば、
群馬県なんか、夏はどうなりますか?

そう、むちゃくちゃ暑いのです。

バンコクでさえ36度はあるのです。

それが内陸部ともなれば、
40度は超えます。

高床式の木の床が熱いのです。

扇風機で風を送っても、冷えません。

エアコンなどというものはありません。

バンコクで何年も暮らしていて、
暑さに慣れているはずの私が、
熱射病になりかけました。

辛くて、苦しくて、
もう限界かなと思いかけたとき、
雨が降ってきて気温が下がりました。

日本で言うなら夕立でしょうか。

助かりました。

そんな大変な思いをしたにも関わらず、
また行こうとしています。

妻から、
「あなたがお金を出して、
エアコンをつけたら?」
と言われましたが、断りました。

私のためだけに、そんなことをするのも
もったいないじゃないですか。

それに、エアコンはやはり、
自然に反すると思うのです。

ときどき使ってますけど。(笑)

オフィスじゃ毎日ですけど。(爆)

でも、田舎の暮らしに
エアコンは不要です。

それと、今度はわかっているから、
あらかじめ手が打てるのではと
思っているのです。

氷で冷やすとか。

いざとなれば、街に出かけて
エアコンのお世話になる。

ははは、ちょっと軟弱ですが。

それにしても、
あの暑さの中で暮らしている人たちは、
本当に立派だと思います。

ごろごろしているだけだとしても、
生きているだけで素晴らしい。

そんなことを思っていたら、
「神との対話③」にも、
そんなことが書かれていました。

人の使命は、生きることなのだと。

つまりこの世に生まれてきただけで、
すでに最大の使命を果たしているのです。

働かざるもの食うべからずと言いますが、
それはおかしいのです。

動物たちは、働かなくても食べます。

ましてや人間は、
動物よりも優れた存在ではありませんか。

働かなくても食べていけるだけの富は、
この世に存在しているのです。

日本は生活保護があるのでまだいいですが、
世界を見れば、貧困のために餓死する人が、
今もたくさんいます。

ただ日本の制度も、
まだ完全とは言えません。

生活保護を受ける人を、
お荷物だと思う人が少なからずいます。

わずかな不正受給を防ぐために、
必要な人がもらいにくくなるような
制度改革をしようとしています。

本当にそれが、
愛ある人間として、
動物よりも優れた人間として、
素晴らしいあり方なのでしょうか?

生活保護を受ける人達を
邪魔者とか厄介者のように感じるとしたら、
それはカンダタと同じです。

芥川龍之介氏の小説
「蜘蛛(くも)の糸」ですよ。

蜘蛛の糸は、
すべての人を救うには細すぎて、
充分ではないと感じたのです。

それで自分のことが不安になって、
他の人を切り離そうとした。

だから自分も一緒に落ちたのです。

なぜなら、私たちは一体だから。

「ひとつのもの」というのが、
私たちの本質なのです。

彼らが存在しなければ、
自分もまた存在しません。

人々の最低限の生活を保証する富が、
充分にはないと感じるから、
その人たちを疎み、
切り離そうとするのです。

そして、そうしようとした人もろとも、
地獄へと堕ちて行くのです。

でも、
本当に充分ではないのでしょうか?

何か不要なものがあって、
それを諦めれば良いだけでは
ないのでしょうか?

その不要なものよりも、
働かない人の命の方が軽いのでしょうか?

問われているのは常に、
「私たちはどういう存在か?」
と言うことです。

出来事は常に、
そのための機会(チャンス)を提供します。

近くに貧乏な人がいるのは、
その人たちの関わりにおいて、
自分がどういう人間であるかを
表現するためです。

ポケットにある100円は、
彼らが喜ぶわずかな食事より
尊いでしょうか?

「あいつらにやる金なんかないよ!」

そう言った時、
あなたは彼らとの関わりの中で、
自分がどういう存在であるかを
高らかに表現したのです。

その表現を、
宇宙は聞き漏らさないでしょう。

「わかった、あなたはそういう人間だ。」

そしてその表現が、
あなた自身に再現されます。

あなたは、
自分の人生を創造したのです。

こうやって日々、毎秒毎秒、
私たちは自分の人生を創造しています。

引き寄せの法則は、
都合の良いときに使えるツールではなく、
引力の法則と同じように、
常に働いている法則です。

私たちがどうやって創造するかを、
この法則が示しています。

このことは、今から100年も前に、
ジェームズ・アレン氏が本に書きました。

「「原因」と「結果」の法則」として、
全4冊のシリーズが翻訳されています。

http://4awasejsn.seesaa.net/article/354025443.html

そして彼は、その法則が、
すでに過去の多くの人によって
語られてきたことだと言います。

結果とは、罰とか報奨ではありません。

単に、私たちが自分で創造した結果です。

そんな結果に翻弄され、
またろくでもないものを創造するのですか?

まず気づくことです。

愚かなことをしていると気づくことです。

そうすれば変えられます。

思考が変われば、結果が変わってきます。

だからまず、最初に幸せになるのです。

新たな、自分にふさわしい
原因を作るのです。

結果である出来事から自由になり、
自分が創りたい結果を想像して、
それとの関係で考えるのです。

そうすれば、
意識して生きることができます。

意識して、意図的に、
人生を創造できるのです。

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