同性婚は禁止すべきでしょうか?(18禁)
- 2012.12.28
- 2012年
こんにちは!
鳩とのベランダ争奪戦を楽しんでいる
赤木です。
詳しくはブログをどうぞ。
http://4awasejsn.seesaa.net/article/310375257.html
さて、今年もあと数日で終りですね。
このメルマガも、これが今年の最後です。
あまりに常識に反するからと、
多くの人から反感を買うような内容の
メルマガだったと思います。
それは私の狙い通りなので、
今年最後のメルマガも、
ショッキングなテーマにしました。(笑)
同性愛って、知ってますよね?
男性同士だとゲイ、女性同士はレズビアン、
同性異性問わずならバイセクシャル。
最近は、
ゲイを扱ったコミック(BL)もあり、
それを好む女性を腐女子と言うとか。
※BL:ボーイズ・ラブ
ついでに、
腐兄とか腐男子なんて言葉もありますね。
まあそれだけ、
同性愛が認識されてきた
ということでしょう。
諸外国もそうですが、
日本でも同性愛者は
偏見の目で見られていました。
いや、まだ多くの場合、
偏見視されています。
特にキリスト教系やイスラム教など、
宗教色の濃いところでは、
神がそれを許さないと言って否定します。
それでも、人間の生理的な欲求は、
どんなに禁止しても消えません。
特に最近は、性同一性障害と判定される
病気も一般的になったため、
個人の意志ではどうにもならない
性癖のように考えられています。
そういうこともあって、
世界的に同性愛を認める方向で
動いているように思います。
しかし、大衆の思いとは裏腹に、
政治的な取り組みは遅れています。
今年の5月、アメリカのオバマ大統領が
同性婚への支持を表明しました。
自由の国・アメリカですが、
いまだ国民を二分する大問題です。
同性婚を認める州は、
わずか6州しかありません。
しかし、世界的に見ると、
徐々に同性婚を法的に認める国が
増えています。
日本はまだ腰が重いですが、
いずれ世界の流れに逆らえなくなり、
信念もなく認めることになるのでしょうね。
さて、では現在、同性婚はなぜ、
認められないのでしょうか?
「それが普通だから。」
そうでしょうか?
普通には2つの意味があります。
1つは「自然」で、
もう1つは「多い」です。
「多い」という意味で言うと、
たしかに異性のカップルの方が
圧倒的に多いです。
同性愛者はマイノリティーです。
しかし、マイノリティーの権利は、
なぜ認められないのでしょうか?
そうしなければならない
理由がありますか?
次に「自然」という意味で言うと、
これは必ずしも当たっていません。
たしかに、子孫を残すという意味では、
異性のカップルが自然です。
けれども、愛し合うという意味では、
同性だから自然ではないとは言えません。
かく言う私も、日本で暮らしていた頃は、
同性愛者への理解は皆無でした。
「気持ち悪い」
そう、
私自身が好まないことを彼らが好むので、
その考えを容認できなかったのです。
たとえば誰かが、
「人のウンチがきれいだ」と言えば、
あなたは「気持ち悪い」と思うでしょう。
それと同じなのです。
そして、
そういう人たちの考えが理解できないから、
彼らが何をするのかわからず、
怖かったのだと思います。
不安で怖いから、
蓋をして見えなくしてしまえ
ということになります。
その考えが、彼らを社会から排除し、
権利を剥奪する方向へと向かわせるのです。
私自身がそう考えていたのですから、
同性愛者を毛嫌いする人の気持は
わかります。
けれども、
人の気持は変わるのですよ。
私はタイで暮らして10年以上になります。
タイは、フィリピンなどと同様に、
同性愛者が多数います。
性転換する人も多数います。
つまり性に関して、
何でもありの社会なのです。
TVドラマを見れば、
それこそ普通にオカマが出てきます。
うちの社員にも、オカマやオナベがいます。
学校の先生にもいます。
小学校や中学校の生徒にもいます。
石原衆議院議員(前東京都知事)のような
頭の硬い昔気質の日本人が見たら、
吐き気をもよおしそうな社会です。
でも、
そんな社会にとっぷりつかっていると、
慣れるのですよ。
何でもありでも、かまわなくなります。
そして、何でもありなのが、
心地よくなるのです。
なぜだかわかりますか?
何でもありとは、自由だからです。
街には、
若いレディーボーイを連れて歩く
中高年のおじさんがいます。
若くて華奢な男の子を数人引き連れた
恰幅の良い西洋人も見かけます。
性に関する好みも人それぞれで、
それぞれが自分なりの楽しみ方で
楽しんでいる姿があるのです。
レディーボーイにも、
完全に性転換したのと、
ペニスだけ残しているのと、
まったく性転換していないのと、
3通りあるのを知ってますか?
「うわぁ、気色悪い!」
それは、私が同性愛者に感じていたのと
同じ感情です。
でも慣れます。(笑)
「そんなの慣れたくない。異常だよ。」
「そういう奴らがいなくなれば、
世の中は平和で穏やかになるんだ!」
そう思いますか?
もしそう思われるのでしたら、
はっきりと言いましょう。
その考え方が世の中に戦争を引き起こし、
平安で穏やかな暮らしを奪ったのです。
あなたはなまこに、
「グロテスクだから消えてなくなれ!」
とでも言うのでしょうか?
サザエに、
「縮こまってないでしゃきっとしろ!」
とでも言うのでしょうか?
そんなことは言わないでしょう?
それなのになぜ、人に対しては
いちいちその好みを統一させて
縛らないと気がすまないのです?
人は自由です。
自由とは、何でもありと言うことです。
何でもありなら、
自分が美しいと思うものだけでなく、
気持ち悪いと思うものだってあるのです。
それらの生存を尊重することが、
自由ということではありませんか。
同性愛や同性婚を禁止する社会は、
私たちの一部しか認めない社会です。
そんなカタワな社会が、
私たちの理想なのでしょうか?
不安や怖れを捨てれば、
自分と違うものが存在することを
受け入れられるようになります。
むしろその違いを、
好ましいものと感じるでしょう。
なぜなら、違いがあるからこそ、
自分の存在意義があるからです。
自分の存在を支えてくれたのは、
実はその違いがあるものだからです。
もしその違いがあるものを抹消すれば、
自分の存在も抹消される。
そのことに、気づく時だと思うのです。
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